とまらないのは「かっぱえびせん」だけではない。
「じゃがりこ」も「自分探し」も止まらないのだ。
『自分探しが止まらない』を、風呂につかりながら3回にわけて読んだ。
思えば私もずいぶんと彷徨ったものだが、
結果自己肯定できれば万々歳である。
自己否定の状態が続くことほど辛いものはないと思う。
それはそれとして、
「仕事から“やりがい”が収奪されている」という指摘に納得。
「誰にでもできる様な仕事こそ自分なりに工夫して…」という姿勢・考え方はあるものの、
「私でなくてもできるじゃん!」などと思えば、その瞬間から“やりがい”は消え失せる。
この状態は、仕事に対してお客様になっている状態でもあると思うのだが、
モチベーションを奪ってしまう環境というのは、いくらでも存在する……無理はない。
やはり「自分探し」は、「やりがい探し」「生きがい探し」と隣り合わせな気がする。
そして、じゃがりこはウマい。
Comments
…ただ単に、ウマいから「ウマい」と書いただけでした。
(しかも唐突)